絵画は評価するものにあらず(2026/06/14)

本日の日経 The STYLE / Art は「山下清とメディア」がテーマ。メディアや学者、画家、評論家による山下清の作品の評価をめぐる変遷について記述している。文脈とどんな事実を選んだかだけで筆者(堤篤史氏)の意図を読み取らせる、日経のコラムらしい内容。 安井曽太郎や梅原龍三郎、評論家の荒城季夫らがその作品を高く評価した一方、小林秀雄や哲学者の谷川徹三は酷評した。メディアが衆目を集めるために用いたキャッチフレーズは「日本のゴッホ」だ。評論家の嘉門安男は、この呼称はゴッホの人間と芸術の許しがたい冒涜だと怒ったと書かれている。 そもそも、◇◇の△△という言い方はオリジナリティーへの敬意が欠如していると思う。山下清が日記に書いたという「ゴッホの油絵のばっくのてんてんのつけ方が違うからおもしろい」が言い得て妙。 絵画とは、作者が自らの手で対象を変貌させたものである。見る側は感性に忠実にそれを感じればよい。画家の伊藤廉は「雪舟と比較して」山下清の作品を低く評価したという。他の画家と比較することはナンセンス。評価も不要。 蛇足ながら「嘉門のようにメディアが山下を見世物にしているという批判」という文は、逆の意味にとられかねない。 ところで、伊藤若冲をゲテモノと貶していたのに、海外での人気が高まると賞賛派に転向した不節操な評論家が嫌いだ。

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