NHK BS「パンデミックが変える世界」でジャック・アタリ氏が「白人が黒人を利すれば白人の利益になって戻ってくる」という趣旨の発言をしていた。 所詮「利」か、本質はもっとほかにあるのではと感じ、実際はどうなのか氏の著作を読んでみた。 実読するとそんな浅いものではない。ジャック・アタリ氏はフランス政府のブレーンとして活躍した人。それなりの視点でのたとえだったのだろう。 ヨーロッパ最高の知性と称される氏が、事実にもとづくデータを駆使し、分析・予測し、解決策として提言するのは「世界規模での利他主義の実践」である。 世界の現状に対し「何の対策も講じなければ2030年までに破局にいたるのは間違いない」と言い切る衝撃的なイントロ。おそらく多くの人々が日常の隙間で薄々感づいている問題について、冷静に、的確に、論理的に結論を導く。そして「あきらめた評論家」や歴史学者、予言者などとは違い現実的な解決方法を明らかにしている。 3年前に出版されたこの著書ですでに「昆虫や変温動物を介して感染する病気が流行する」とも予見しているのだ。誰もが共感すると思うほど楽観的ではないが、できるだけ多くの人々が読んでほしいと思う。 今、世界では、 • 民主主義(国民が主権を持ち自分達のために政治を行うこと)が後退し、 • 自由市場(売買取引の全体)は全世界を支配し、消費者以外の有権者と政治指導者は奴隷のように扱われており、 • しかし一方、地球規模の法支配(誤解をまねきやすい言葉なので制御といいかえたほうがよいかも)は弱体化した。 その結果、富の偏在、環境破壊やテロ、紛争、環境汚染、異常気象(天文学的変動は除く)をもたらした。大危機の前兆は保護主義の台頭、人類の規範となる道徳は崩壊するとも。 日本の公的債務超過がもつリスクは「著しく」高いと大きな警鐘を鳴らしている。改めて調べてみると、2018年3月時点の国の借金は1100兆円超。対GDP比では世界最悪だ。 将来、中国がアメリカの超大国の地位を継承することはないと言い切り、ロシアとインドが台頭すると予測している。 最終章で、世界の破局を回避するには「グローバルな法の支配」が必要と述べている。個々に対しては 、自分の幸福が他者の幸福に依ることを自覚し、利他(他者を利益を優先すること)の実行を求めている。 そのためのキーワードは「われわれ全員が自分自身になる」のようだが、どうもピンと来ない。 理想論だと一笑に付すのは簡単。言うは易く行うは難しというのもある。 それでもこのまま何もしないと、次世代はおろか我々の世代ですらヤバいぞ、という実感が以前にも増して湧いてきた。 ところで、中盤までは一気に読めたのだが、そのあとの章では翻訳のコナレが少々悪くなる。できるだけ多くの人々が読むべきこの書物を、一人の翻訳者にゆだねるのは惜しいのではと思う。もはや一部の人種向けのものではない。「超訳」でもよいから、だれでも理解できるもっと平易な文章にするべきと感じた。